ローマ人の物語6(カエサルと十分の一刑)

話はカエサルに戻ります。

昨日紹介した十分の一刑、実はカエサルも命令を下したことがありました。
しかし、そのエピソードもカエサルらしいというか、味のあるドスのきかせ方をしています。

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カエサルはポンペイウスとの戦いのさなか、彼に10年も従ってきた子飼いの第9軍団の兵士たちからストライキを起こされた。即時退役を要求としてかかげはしたが、給料の値上げを獲得するのが本意であった。

彼らの前に姿をあらわしたカエサルは、単刀直入に口を切った。
「戦友諸君、わたしは諸君から、愛される司令官でありたいと願っている。わたしほど諸君の安全を気にかける者もいないし、経済的に豊かになるよう配慮を忘れないし、戦士としての名誉が高まるよう望んでいる者もいない。しかし、だからといって兵士たちに、何でも勝手を許すということにはならない。

人間は、二種類に分かれる。指示を与える者と、指示を受ける者とに。指示を与える者には責任があり、指示を受ける者には義務がある。教師と生徒、医者と患者、船長と船員と同じだ。いずれもそれぞれの任務をまっとうしてこそ、良き成果も期待できる。
諸君は、ローマ市民である。ローマ市民であるからには、自らを正しく持すことを忘れるなどは許されないはずである。」

次いでカエサルは、水を打ったように沈黙したままの兵士に向かい、はっきりと、「要求の受け入れは拒否する」と言った。
しかもカエサルは、要求を拒絶しただけではなく、ローマ軍の軍規では最高の重罪とされている、「十分の一刑」まで言いわたしたのである。

「十分の一刑」とは、抽選で10分の1の人数を選び、それを残りの10分の9が棒で殴り殺す刑である。重苦しい沈黙があたりを圧した。
カエサルは、そのようなことは気にでもしていないかのように、抽選で死刑に処されると決まった兵士たちの名簿をつくるよう命じた。

ここにきて、あらかじめ台本にあったにちがいない幕僚たちの出番である。幕僚たちは口ぐちに、長年苦労をともにしてきた者たちなのだから、一時の浅慮と思って許してやってほしい、と頼んだのだった。だが、カエサルはゆずらない。幕僚たちは、さらなる嘆願をくり返す。口をへの字に結んだままのカエサルに向かって、軍団も大隊長も、許してやってくれをくり返した。

ようやく、最高司令官は口を開いた。だが「十分の一刑」はとりやめると言ったのではなかった。「刑の執行は延期する。諸君の顔を次の集結地のブリンディシで見出すかどうかは、諸君しだいである。」と言ったのである。

ブリンディシに到着したとき、第9軍団の兵士で欠けている者は一人もいなかった。言うまでもないことだが、「十分の一刑」のほうも、うやむやに終わった。
「ローマ人の物語」11巻(新潮文庫・著者:塩野七生)

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第9軍団の兵士たちはおそらく、多少の給料の値上げを受け入れるといった妥協案が提示されると思っていたでしょう。即時退役を要求しておいて、給料アップを落としどころにする。確かに賢い交渉術です。

しかし、カエサルは相手の敷いたレールの上での交渉なんてしません。言い渡したのは十分の一刑。これを聞いた兵士たちは、予想もしていない展開に声も出なかったに違いありません。
カエサルは一つも譲歩することなく、逆に兵士たちに恥の気持ちを植え付け、一人残らず彼の意に従わせることに成功したのです。


これにはTomoも予想を裏切られました。
世の中に交渉のテクニックはいろいろありますが、小手先のテクニックを越えたところにある、もっと高い次元の人心掌握術です。

もし司令官がカエサルでなかったら、このテクニックは通用するでしょうか?
おそらく十分の一刑を言い渡したとたん、兵士たちが反乱を起こして司令官を殺してしまったでしょう。

司令官カエサルが兄貴的な頼れる存在であること、一方で断固とした処罰も下す怖い存在であること、そして常に彼の行動には疾しいところがなく、判断にも正当性があること。
これらがカエサルに備わっており、長い戦いを共にし、彼と兵士との間にこれらの関係性が築かれているからこそ、兵士たちに彼の命令への服従させ、先ほどまでの自分の行為について反省させることができたのだと思います。


リーダーに必要な資質、リーダーと部下との関係性について考えさせられるエピソードです。



ローマ人の物語7(民主と共和)についてのコラムは、こちら

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